Scene 172 [螢]
そう言えば、先々週螢を観に行った。
大人になってからは…いやっ、ガキの頃から通じて初めてか。
とにかく螢を観た記憶はない。
「深大寺の野草園で螢鑑賞会がある」との事だったが、そもそも深大寺に野草園があるなんて聞いた事がない。
「植物園だろ?」と車で向かったものの、植物園の門は閉ざされ、参拝時間もとっくに過ぎた山門前の蕎麦屋は殆どが閉まってる。
仕方なく交番で尋ねると、更に調布よりの中央道を越えた辺の調布市野草園が会場だった。
車では入っていけず、住宅街の狭い道から田んぼの間の、あぜ道がそのまま公道になった様な道を歩く。
会場に入った頃から徐々に雨足が強まる。
このまま強くなって行くと螢が飛ばないから中止。
と言って今開場しても明る過ぎて螢観賞にはならない。
ちょっとやきもきしながら並んでいると、「あっ!?螢だ!」という声。
野草園の中の茂みに緑色のほのかな光。
入場前に「フラッシュに関係なく、カメラ、ビデオ、携帯といった少しでも光を出す物は螢が驚くから禁止」と注意がある。
気付くと辺りは真っ暗で、ちょっと先に中央道の薄暗いランプが見える。
本当の闇が少なくなったんだなあと感じる。
中に入ると皆口々に「あっ!?いたいた!」と声をあげる。
先の方で液晶画面が光っているのが見えて、(どこかのガキが携帯で写真撮ろうとしてるのか…)と思いきや、お爺さんの一眼レフ。
ダメだよね、「ちょっとだけ」は。
徐々に闇に慣れ、螢のかもし出す雰囲気に影響されてか、皆静かに歩いて観賞してる。
帰りの車の中、ガキ共は「お便りノートに螢観たって書いておいて!」と楽しそう。
俺は何かのんびりした気分で、こんな歌を頭の中で鳴らしてた。
“螢を見るなら あの町が一番さ 小さな川には いくつも橋がかかってよ ひっそりと そしてあったかい その川の回りには いろんな店がポツポツと 飲み屋やら メシ屋やら それがまた うまくてよ ひっそりと そしてあったかい 一の坂川へ お前を連れて 一の坂川へ連れて帰る”螢/SION
家に帰って会場でもらった案内文には、「螢は通常1年で成虫になる。成虫の平均寿命は約2週間」。
頭のどこかで知ってた事だけど、本当に刹那、そして切ない。
今頃あの時の螢達は…。
それでも俺等の脳裏には、あの闇と螢の光が浮かぶ。
生きるって事はこんな感じなんだろう。
案内文にはこうも書いてあった。
「螢が生息するには年間を通じて安定した流れがあり、合成洗剤等が流れ込まず
泥水も流れない小川やせせらぎで、水辺に土があり草木が生えていて多くの生物
が生息する環境が必要。こうした環境は人間にとっても良好な環境と言える」
でも現実的に俺等はコンクリート・ジャングルに住んでいて、そのジャングルはボブ・マーレーが“コンクリート・ジャングル”と痛烈に歌い上げた頃より、更に増幅して混迷している。
繊細な生物が棲める環境は人間にもいい。
これは「子供にとっていい環境は大人にとってもいい」って事だ。
じゃあテニスをやる環境は今子供にとってどうだろうか?
普及型と強化型と変に二極化してないか?
縦横の連携のないスポーツの先行きは明白だ。
それぞれのポジションで俺達はまだまだ動ける。
一応言っておくと、ゴールデン街が子供にとっていい街になる必要はない。
2007.6.20
Misakicho
大人になってからは…いやっ、ガキの頃から通じて初めてか。
とにかく螢を観た記憶はない。
「深大寺の野草園で螢鑑賞会がある」との事だったが、そもそも深大寺に野草園があるなんて聞いた事がない。
「植物園だろ?」と車で向かったものの、植物園の門は閉ざされ、参拝時間もとっくに過ぎた山門前の蕎麦屋は殆どが閉まってる。
仕方なく交番で尋ねると、更に調布よりの中央道を越えた辺の調布市野草園が会場だった。
車では入っていけず、住宅街の狭い道から田んぼの間の、あぜ道がそのまま公道になった様な道を歩く。
会場に入った頃から徐々に雨足が強まる。
このまま強くなって行くと螢が飛ばないから中止。
と言って今開場しても明る過ぎて螢観賞にはならない。
ちょっとやきもきしながら並んでいると、「あっ!?螢だ!」という声。
野草園の中の茂みに緑色のほのかな光。
入場前に「フラッシュに関係なく、カメラ、ビデオ、携帯といった少しでも光を出す物は螢が驚くから禁止」と注意がある。
気付くと辺りは真っ暗で、ちょっと先に中央道の薄暗いランプが見える。
本当の闇が少なくなったんだなあと感じる。
中に入ると皆口々に「あっ!?いたいた!」と声をあげる。
先の方で液晶画面が光っているのが見えて、(どこかのガキが携帯で写真撮ろうとしてるのか…)と思いきや、お爺さんの一眼レフ。
ダメだよね、「ちょっとだけ」は。
徐々に闇に慣れ、螢のかもし出す雰囲気に影響されてか、皆静かに歩いて観賞してる。
帰りの車の中、ガキ共は「お便りノートに螢観たって書いておいて!」と楽しそう。
俺は何かのんびりした気分で、こんな歌を頭の中で鳴らしてた。
“螢を見るなら あの町が一番さ 小さな川には いくつも橋がかかってよ ひっそりと そしてあったかい その川の回りには いろんな店がポツポツと 飲み屋やら メシ屋やら それがまた うまくてよ ひっそりと そしてあったかい 一の坂川へ お前を連れて 一の坂川へ連れて帰る”螢/SION
家に帰って会場でもらった案内文には、「螢は通常1年で成虫になる。成虫の平均寿命は約2週間」。
頭のどこかで知ってた事だけど、本当に刹那、そして切ない。
今頃あの時の螢達は…。
それでも俺等の脳裏には、あの闇と螢の光が浮かぶ。
生きるって事はこんな感じなんだろう。
案内文にはこうも書いてあった。
「螢が生息するには年間を通じて安定した流れがあり、合成洗剤等が流れ込まず
泥水も流れない小川やせせらぎで、水辺に土があり草木が生えていて多くの生物
が生息する環境が必要。こうした環境は人間にとっても良好な環境と言える」
でも現実的に俺等はコンクリート・ジャングルに住んでいて、そのジャングルはボブ・マーレーが“コンクリート・ジャングル”と痛烈に歌い上げた頃より、更に増幅して混迷している。
繊細な生物が棲める環境は人間にもいい。
これは「子供にとっていい環境は大人にとってもいい」って事だ。
じゃあテニスをやる環境は今子供にとってどうだろうか?
普及型と強化型と変に二極化してないか?
縦横の連携のないスポーツの先行きは明白だ。
それぞれのポジションで俺達はまだまだ動ける。
一応言っておくと、ゴールデン街が子供にとっていい街になる必要はない。
2007.6.20
Misakicho
カテゴリー:SION
2007/06/22 09:40














