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another side of tennis

Scene 1 [REBEL WITH A CAUSE]

ここに二枚のモノクロ写真がある。
どちらも場所は雨のN.Y. タイムズ・スクエア。
同じアングル。
二枚の写真の主役は違う。
それぞれ違う男が黒いコートを着て雨の中傘もささずに歩いている。

一枚の写真は誰でも一度は目にした事があるかもしれない。
男は煙草を噛み肩をいからせコートから爪先まで黒尽くめだ。
ジェームス・ディーン。
「理由なき反抗」
世の中の不条理に抗う様にあっと言う間に逝ってしまった。

もう一枚の写真の男は白いNIKEを履いている。
モノクロ写真の中でそれは目を引く。
表情は悲し気で静かな怒りをたたえている。
しかし誰かを憎んでいる様には感じられない。
男の名はジョン・マッケンロー。
写真には[REBEL WITH A CAUSE]と言う文字が入っている。

なるほどな、と思う。
「理由なき反抗」の原題は[REBEL WITHOUT A CAUSE]
やり場のない怒り、孤独、絶望。
"銀幕の中泣き顔の ジェームス・ディーンのように 今が過去になる前に 俺たち走り出そう"HERO/Kai Band

ここで映画でなく古いテニスのビデオを回して見る。
1980年、1981年のウィンブルドン男子シングルス決勝。
どちらもボルグvsマッケンロー。
タイブレーク18-16を演じながらボルグの五連覇を許した1980年。
そして歓喜の1981年。
言うまでもなくテニスは孤独な闘いだ。
そこでマッケンローは自分に怒り、失望し、もがいている。
ボルグのパッシングに飛びつき転倒して、うつむきながら起き上がる悲し気な表情。
ポイントを獲れなかったからでなく、自分にがっかりしている。

奴はいつでも自分と向かい合っている。
だから自分を許せない。
間違った事をする相手を許せない。

「欲しい物が、いつでも手に入るとは限らないさ。そんな道理は、オレにだって、だれにだってわかっている。けれどコートに立った瞬間、オレは道理とか、確率とか、賢さとかは、かなぐり捨てちまうのさ。いつだって、どんな時だって、オレは100パーセントのパーフェクトマッチを目指すんだ。
勝つとか、負けるとかじゃない。勝つだけでは不十分なのだ。オレは、1球のミスもない、完璧なプレーをやりたいんだ。やりたくてしょうがない。どうしてもパーフェクトにやってやるんだという烈しい火がオレの中で燃え上がる。オレはそういう自分を抑えることが出来ない。でもオレは好きなんだぜ、そういうのって。道理や理屈は、言われなくたって、わかっている。第一、「ほしいものがいつも手に入るとは限らない(ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント)」ってのは、オレの一番好きなストーンズのナンバーなんだ」-J・マッケンロー

[REBEL WITH A CAUSE]、理由ある反抗
全くだ…。

2004.2.12 Midnight
Bar[buttercup]にて

James Dean(1931~1955)
映画「エデンの東」でデビュー。
続く「理由なき反抗」「ジャイアンツ」のみで自動車事故死をとげた。
アメリカの青春像の象徴として死後も人気が高い。

John McENROE(1959~)
1979年U.S.Open初優勝、1981年ウィンブルドン初優勝。
グランドスラム大会シングルス通算7回、ダブルス8回優勝。
天才的なタッチと共にストレートな感情表現が評判になり「悪童」と呼ばれた。
※文中の台詞は講談社文庫[カム・オン マッケンロー]より。

Kai Band(1974~1986 & 2000~)
1979年「HERO」がチャート1位180万枚のビッグヒットとなりTOPに躍り出る。
以後も「安奈」「ビューティフルエネルギー」「漂泊者(アウトロー)」がヒット。
花園ラグビー場、都有5号地(現都庁)、両国国技館等での伝説的Liveを敢行。

The Rolling Stones(1963~)
言わずと知れた世界最高のR&R Band。
1973年日本武道館での初来日LiveはDrug問題で入国許可が下りず中止。
1990年初来日、1973年の来日中止から30年後の2003年日本武道館Live実現。
カテゴリー:KAI
2004/03/04 16:53

筆者紹介:坂東海


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