Scene 286 [Ragged Glory]
「玄関の門開けて壁打ちしていい?!」
良くわからないが"いいよ"と適当に返事。
最近は学校から帰って来ると家の塀で壁打ちしているらしい。
先日は2時間打ってたと家人が言ってた。
しばらくしたら"ドン"、"ドン"、"ドン"と家の外壁に何かぶつかる音。
もしや?と外に出てみたら案の定家の壁で壁打ちしてやがった。
「だってお兄ちゃんもやってるよ」
道路の幅の塀での壁打ちに飽き足らず、門を開けて壁を外壁にして距離を伸ばしてたって訳だ。
延々壁が続く豪邸でも、金がかかった鉄筋の家でもなく、木と紙で出来た安普請の家だ。
可愛い奴等とは思いつつも、ボールをスポンジボールに変えて塀で打たせる事にした。
翌朝ウィンブルドン初日の中継を明け方迄観て新聞を取りに出たら、バックパックにバットを突っ込んっだ小学生数人が、市営グラウンドの方へ急いで自転車を漕いで行く。
それに合流する様に坂の上から、右の道からとその仲間達が自転車で走って来るのが見える。
時間は5時半前。
毎朝彼等が朝練していて、登校時間のちょっと前に慌てて家に戻って来るのは良く見てた。
その朝練が5時半からだったとは知らなかった。
毎朝見てるコーチには本当に頭が下がる。
そして毎朝送り出すご家族にも。
"好きこそものの上手なれ"とは良く言ったものだ。
許せる限りの時間を自分が強くなる為、より良いものを作る為に注ぎ込む姿勢は、子供だろうが大人だろうがカッコいい。
行けるところ迄行くことだぜ。
真っ平らな処から小高い丘に登った時の視界の拡がり、更に険しい山を登った時の視界の開け。
そうやって得た価値観、そこで背負った責任感は、その場の達成感だけでなく、裏打ちされた自信と気のおけない素敵な仲間をもたらす。
"仕事をしながら歌うのはいい、それは労働に感激を与える。
だが歌うことを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"
この諺を読んで、10代後半でトップに登り詰めバーンアウトしたアスリートを思い浮かべる人もいるだろう。
あんなに好きだったテニスが単なる喰う手段になっている自分自身に気付いて、愕然としている人もいるかもしれない。
テニスコーチなら一回は、「いいね、好きなテニスが仕事で」と言われたり、何かで弱音を吐けば、「好きな事を仕事にしているんだからそれ位のこと当たり前だよ」と叱咤されたことがあるはずだ。
どっちもその通りで、正しくそれがテニスで生きて行くということだ。
おそらく、"好きなテニスを仕事にしたことで靴の底が鉛のように重くなる"のは、許せる限りの時間をテニスコートで過ごせなくなった者で、そういう奴等は無理せず他の道を行けばいい。
俺の周りのイカした連中は、目一杯テニスして「"仕事をしながらテニスするのはいい、
それは労働に感激を与える。だがテニスを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"だってよ!全くだ!」
って軽口叩いて、又コートに出て行くよ。
今いる場所を平坦と感じるのも、ちょっとした丘と感じるのも、断崖絶壁と感じるのも、そしてそれらの場所を物足りないと感じるのも、ツライと感じるのも全てテメエの生き様次第だ。
2010.6.21
Country Home
良くわからないが"いいよ"と適当に返事。
最近は学校から帰って来ると家の塀で壁打ちしているらしい。
先日は2時間打ってたと家人が言ってた。
しばらくしたら"ドン"、"ドン"、"ドン"と家の外壁に何かぶつかる音。
もしや?と外に出てみたら案の定家の壁で壁打ちしてやがった。
「だってお兄ちゃんもやってるよ」
道路の幅の塀での壁打ちに飽き足らず、門を開けて壁を外壁にして距離を伸ばしてたって訳だ。
延々壁が続く豪邸でも、金がかかった鉄筋の家でもなく、木と紙で出来た安普請の家だ。
可愛い奴等とは思いつつも、ボールをスポンジボールに変えて塀で打たせる事にした。
翌朝ウィンブルドン初日の中継を明け方迄観て新聞を取りに出たら、バックパックにバットを突っ込んっだ小学生数人が、市営グラウンドの方へ急いで自転車を漕いで行く。
それに合流する様に坂の上から、右の道からとその仲間達が自転車で走って来るのが見える。
時間は5時半前。
毎朝彼等が朝練していて、登校時間のちょっと前に慌てて家に戻って来るのは良く見てた。
その朝練が5時半からだったとは知らなかった。
毎朝見てるコーチには本当に頭が下がる。
そして毎朝送り出すご家族にも。
"好きこそものの上手なれ"とは良く言ったものだ。
許せる限りの時間を自分が強くなる為、より良いものを作る為に注ぎ込む姿勢は、子供だろうが大人だろうがカッコいい。
行けるところ迄行くことだぜ。
真っ平らな処から小高い丘に登った時の視界の拡がり、更に険しい山を登った時の視界の開け。
そうやって得た価値観、そこで背負った責任感は、その場の達成感だけでなく、裏打ちされた自信と気のおけない素敵な仲間をもたらす。
"仕事をしながら歌うのはいい、それは労働に感激を与える。
だが歌うことを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"
この諺を読んで、10代後半でトップに登り詰めバーンアウトしたアスリートを思い浮かべる人もいるだろう。
あんなに好きだったテニスが単なる喰う手段になっている自分自身に気付いて、愕然としている人もいるかもしれない。
テニスコーチなら一回は、「いいね、好きなテニスが仕事で」と言われたり、何かで弱音を吐けば、「好きな事を仕事にしているんだからそれ位のこと当たり前だよ」と叱咤されたことがあるはずだ。
どっちもその通りで、正しくそれがテニスで生きて行くということだ。
おそらく、"好きなテニスを仕事にしたことで靴の底が鉛のように重くなる"のは、許せる限りの時間をテニスコートで過ごせなくなった者で、そういう奴等は無理せず他の道を行けばいい。
俺の周りのイカした連中は、目一杯テニスして「"仕事をしながらテニスするのはいい、
それは労働に感激を与える。だがテニスを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"だってよ!全くだ!」
って軽口叩いて、又コートに出て行くよ。
今いる場所を平坦と感じるのも、ちょっとした丘と感じるのも、断崖絶壁と感じるのも、そしてそれらの場所を物足りないと感じるのも、ツライと感じるのも全てテメエの生き様次第だ。
2010.6.21
Country Home
カテゴリー:Tennis
2010/06/25 11:00













