Scene 222 [I’m A Man]
夕暮れの淡島通り。
太子堂中学校の前を茶沢通りに向って歩いていたら、向こうからJリーガー系長髪で日焼けした、中村雅俊そっくりな男が自転車で走って来る。
うん?!あれっ!?
「先生!」
ジュニア時代のテニスの先生(今でもコーチとは呼べない)だった。
「お前こんなところで何してんだ?」
「いや先生こそ何やってんですか?」
「筑駒の側のショップにこれ張替えに出しに行くところ」
話してる最中から頭の中に“生涯現役”という言葉が何度も浮かんだ。
あの頃学校でも朝練したし、休みの日も朝早くからスクールに行って練習してた。
俺のダチは毎朝学校に行く前にスクールに行って、さっきの先生と練習してた。
素行不良だったけど練習好きでそれなりのレベルだった俺等は、先生達の練習相手としても丁度良かったんじゃないかな。
俺がテニスを始めたのは中1で中高一緒の部活。
手入れの良く行き届いたクレーコートが4面あったけど、後発の硬式テニス部は1面で、あとの3面を軟式テニス部が中学男子、高校男子、高校女子でシェアしてた。
雨が降った翌朝、雨が止んだ次の休み時間はローラーの取り合いで、俺等中1がいつもダッシュで行ってローラーの上にちょこんと座って先輩を待ってたっけ。
入部した年の夏休みに学校の記念事業でコートがクレーからマテフレックスに変った。
夏休みは、三鷹のテニスクラブのコートを借りての練習と、学校に行って木槌でマテフレックスの組み立て、そして先輩の応援で終った。
そうそうこの間閉館が発表されたコマ劇場に、山口百恵を観にも行ったな。
う〜む、我ながら可愛い奴だ。
あの時はまだKISSフリークじゃなかったってことか。
とにかくそんな夏があって4面のコートが完成したら、硬式と軟式で2面づつになってた。
「何でですか?」と先輩に聞いたら「先生がじゃんけん勝ったからみたいよ」だと。
でも2面になったと言っても中高一緒の部活で中1の練習時間がそう増える訳はなく、当然朝練、そして早弁しての昼練。
正しく“好きこそものの上手なれ。”
こうやって“自分で機会を作る、時間を作る”のが自然に出来るプレーヤーが強く、上手くなって行くのは当たり前だ。
部活では“義務練”というのもあったけど、今思えば凄い言葉だ。
その頃の仲間は当たり前だが、堅気になった奴、そしてテニス界に残った奴といるが、今も良く会う奴等の仕事の話を聞いていると、「やってらんねーよなあ!」と笑い飛ばす明るさと、自分の責任でスケジュールを切って動いてる感じが伝わって来る。
ダメな奴特有の“被害者意識”、“拘束感”、“胸くそ悪い悪口、陰口”は微塵もない。
そりゃそうだ、ガキの頃自分の好きな事を好きなだけやれる様に工夫して動いて来た奴等なんだからさ。
ボ・ディドリーが逝っちまった。
LIVE AT THE RITZの“Crackin' Up”をかけて、芝公園辺りで観たロニーとやったショーを思い出しながら、献杯ってやつを陽気にやろう。
ジャングルビートと焼酎のPEPSI割りが効いて来たら、誰かに電話してこう誘うんだ。
「いせや本店、昨日から再開したらしいぜ!日曜に行ってコロッケともも焼きで一杯やる?!」
2007.6.5
Hanakoganei-minamicho
太子堂中学校の前を茶沢通りに向って歩いていたら、向こうからJリーガー系長髪で日焼けした、中村雅俊そっくりな男が自転車で走って来る。
うん?!あれっ!?
「先生!」
ジュニア時代のテニスの先生(今でもコーチとは呼べない)だった。
「お前こんなところで何してんだ?」
「いや先生こそ何やってんですか?」
「筑駒の側のショップにこれ張替えに出しに行くところ」
話してる最中から頭の中に“生涯現役”という言葉が何度も浮かんだ。
あの頃学校でも朝練したし、休みの日も朝早くからスクールに行って練習してた。
俺のダチは毎朝学校に行く前にスクールに行って、さっきの先生と練習してた。
素行不良だったけど練習好きでそれなりのレベルだった俺等は、先生達の練習相手としても丁度良かったんじゃないかな。
俺がテニスを始めたのは中1で中高一緒の部活。
手入れの良く行き届いたクレーコートが4面あったけど、後発の硬式テニス部は1面で、あとの3面を軟式テニス部が中学男子、高校男子、高校女子でシェアしてた。
雨が降った翌朝、雨が止んだ次の休み時間はローラーの取り合いで、俺等中1がいつもダッシュで行ってローラーの上にちょこんと座って先輩を待ってたっけ。
入部した年の夏休みに学校の記念事業でコートがクレーからマテフレックスに変った。
夏休みは、三鷹のテニスクラブのコートを借りての練習と、学校に行って木槌でマテフレックスの組み立て、そして先輩の応援で終った。
そうそうこの間閉館が発表されたコマ劇場に、山口百恵を観にも行ったな。
う〜む、我ながら可愛い奴だ。
あの時はまだKISSフリークじゃなかったってことか。
とにかくそんな夏があって4面のコートが完成したら、硬式と軟式で2面づつになってた。
「何でですか?」と先輩に聞いたら「先生がじゃんけん勝ったからみたいよ」だと。
でも2面になったと言っても中高一緒の部活で中1の練習時間がそう増える訳はなく、当然朝練、そして早弁しての昼練。
正しく“好きこそものの上手なれ。”
こうやって“自分で機会を作る、時間を作る”のが自然に出来るプレーヤーが強く、上手くなって行くのは当たり前だ。
部活では“義務練”というのもあったけど、今思えば凄い言葉だ。
その頃の仲間は当たり前だが、堅気になった奴、そしてテニス界に残った奴といるが、今も良く会う奴等の仕事の話を聞いていると、「やってらんねーよなあ!」と笑い飛ばす明るさと、自分の責任でスケジュールを切って動いてる感じが伝わって来る。
ダメな奴特有の“被害者意識”、“拘束感”、“胸くそ悪い悪口、陰口”は微塵もない。
そりゃそうだ、ガキの頃自分の好きな事を好きなだけやれる様に工夫して動いて来た奴等なんだからさ。
ボ・ディドリーが逝っちまった。
LIVE AT THE RITZの“Crackin' Up”をかけて、芝公園辺りで観たロニーとやったショーを思い出しながら、献杯ってやつを陽気にやろう。
ジャングルビートと焼酎のPEPSI割りが効いて来たら、誰かに電話してこう誘うんだ。
「いせや本店、昨日から再開したらしいぜ!日曜に行ってコロッケともも焼きで一杯やる?!」
2007.6.5
Hanakoganei-minamicho
カテゴリー:STONES
2008/06/05 20:57















