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another side of tennis

[Another Side of Tennis] 坂東海

新宿ゴールデン街バーの片隅のテニスと音楽の与太話です。
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01

Scene 228 [Mixed Emotions]

“古の人々が歩いた道”って言うから、傘をかぶった若い女の人が杖をついて静々と歩いてる姿を脳裏に描いていたらとんでもなかった。
熊野三山の聖域のスタートである滝尻王子から高原熊野神社迄の、熊野古道全体から見ればほんの僅かな距離。
いきなり急坂。
次の不寝王子では、(“ねずおうじ”いいねえ。行きつけのバーのマスターみたいだな)なんて考える余裕もあったが、その後は(新幹線の中でビール呑むんじゃなかった……)と、滴り落ちる悪い汗を拭きながらひたすら登った。
そんな最中に最短距離を進むんじゃなくて、少しでも足場のいい場所、なだらかな場所を選んでる自分に気付き、(そうだよなあ、人生もこうなんだよな)なんて、妙に悟った気になってるのがおかしい。

熊野本宮大社。
参道の長い石段から山門をくぐり、社殿を前にして言葉が出なくなった。
周りの仲間も口をきかない。
圧倒的な静寂。
第一殿、第二殿、第三殿、第四殿と二拝二拍一拝を繰り返すうちに、自分の大切な人への想いが強くなり、そしてありとあらゆる繋がりを感じた。
自分の心をいつもフラットにしておかないとな。
カテゴライズしたりされたり、レッテルを貼ったり貼られたり、俺は他人の眼の中で何を知ったかぶって、何を偉そうにしてるんだか。

東京を離れる前に、クルム伊達公子選手が日本サッカー協会理事内定という報道を見た。
伊達選手の世界を転戦して来た経験を日本サッカー界に活かしたいということで、他には平尾誠二元ラグビー日本代表監督も理事に内定。
二人共レッズランドでの関係があるとは言え、多競技トップの抜擢に(やるな、サッカー協会)と感じた。
でもその前に、伊達選手の経験を日本テニス界は活かしきってるんだろうか?
やっぱりテニスフリークとしてちょっと複雑……だけどとにかく、やるじゃん!サッカー協会!

そんなサッカー協会だが、新聞にはこうも書かれていた。
「(前略)しかし、上意下達の手法は、組織の硬直化にもつながった。現在の協会内は役所的な空気も強い。新会長に求められるのは、スポーツ集団にふさわしい、柔軟で機動的な組織作りだ。(後略)」読売新聞
これは、サッカー協会は自由闊達に動きにくい、若い奴の意見が通りにくいってことなのか、それとも体育会系はスポーツ集団じゃないってことなのか、良くわからんが、書き手がスポーツにフェアでピュアでエネルギッシュなイメージを持っている事は伝わって来る。
それは悪くない。

お伊勢さんでお参りした後、おかげ横丁で一献。
昼飯時で満員の座敷で呑み出す。
お銚子を寝かせ続け、気付けば広い座敷には俺等だけ。
雪見窓からはゆっくり流れる五十鈴川。
いい感じだ。

2007.7.12
Sushikyu
カテゴリー:word
07/17 20:43
02

Scene 227 [The Best of 5set Match]

「男子テニスの5セットマッチが世界最強のスポーツだよ」だったのか、「テニスは男子の5セットマッチなら世界最強のスポーツだよ」だったのか、今となっちゃ思い出せないがテニス部OB同士の酒席での誰かの言葉。
その言葉通りの試合。
4時間48分、6-4、6-4、6-7(5-7)、6-7(8-10)、9-7。
ナダルとフェデラー。

「雨の中断で寝ちゃったよ」と言う奴が何人もいたけど、「中断がなければ……」、「基礎工事も終ってた開閉式の屋根が稼働する来年だったら……」。
ここまで凄いと「たられば」も「シュミレーション」に聞こえて来る。

ウィンブルドンと言えば正しく“時差ボケ”と言える睡眠不足だが、イギリスでは法令で決勝戦は必ず生中継で最後迄放送しなければならないらしい。
文化だね。
開催国でもない日本じゃ致し方ないが、かたやNHKのウィンブルドンの枠はどんどん減って、衛星放送権は今年WOWOWが獲得。
地デジになろうが何だろうが、全国各地津々浦々でずっとウィンブルドン観れる様にしてくれよ、日本放送協会!

ウィンブルドン翌日。
まだかなり明るい夕方。
でかいビルが建っても、世田谷独特ののんびりした感じが残る商店街の呑み屋。
「秀樹!還暦!」というギャグが出そうな面子に交じって呑んだ。
「僕さあ、初めてウィンブルドンに行った時ね、遠くからあの時計が見えた時、(おおっ!ウィンブルドン!)って感動したよ」
「しかしナダルがあれだけポジション前に取ってあのコートカバーだとねえ」
「しかもナダルのフォア、150km以上出てたんでしょ!?」
「でも俺、5分だけフェデラーになってみたい」
「トイレットブレークのフェデラーならなれるんじゃない」
「そうだね、フェデラーはウォッシュレットに感動してたしな」
「いや~、ウィンブルドンのセンターコートでもプレーしてみたいけど、それは絶対無理だからオーガスタ廻ってみたい」

気がついたらあっと言う間に焼酎のボトルが三本空いてた。
空はまだ明るい。

2007.7.7
Youga2
カテゴリー:Tennis
07/10 01:49
03

Scene 226 [Monthly vs Weekly]

[週刊ベースボール]を買った。
いつぞやのバカンスで飛行機に乗る時に買って以来か、いやそういう時は[Number]が多いから、明確な記憶としてはN.Y.にStonesを観に行ってた間の、日本シリーズ[巨人vs近鉄]の詳細が知りたくて買って以来だな。
そう、近鉄が3連勝した後の近鉄投手の「巨人はロッテより弱い」発言で、巨人がそこから4タテで逆転優勝した1989年の日本シリーズ。

今週号は“創刊50周年記念号”で、いつもより分厚くDVDが付録に付いてる。
50周年ということも勿論だが、読み物としてえらく面白い。
こうでなくっちゃな。
毎週ちゃんと週刊誌が発行されるなんて、やっぱり野球ファンって多いってことだ。
テニスも月刊誌は[スマッシュ]、[テニスクラッシックブレーク]、[テニスマガジン]、[テニスジャーナル]、[T.Tennis]とあるけど、週刊誌は過去にも例がないもんなあ。
ちょっと待てよ、野球の週刊誌は[週刊ベースボール]と今春創刊された[Baseball Times]の確か2冊で、ゴルフも[週刊ゴルフダイジェスト]、[週刊パーゴルフ]と2冊……でもゴルフは隔週、月刊を合わせると、ここにあげるのも面倒な数の雑誌が出てる。
こりゃあ、恐るべしゴルフってやつか。

こんな話をしてると「月刊誌があるだけいいじゃん!」という他のスポーツファンの声が聞こえて来そうだ。
そうそう、テニスファンだって他のスポーツがゴールデンタイムに放送されているのを見ると同じ気分になるはずだ。
数量は目安にはなるけど、個々の価値観と一致する訳じゃあない。
でも呑み仲間でこの話をしたら誰かがこう言うな。
「月刊誌だけなのと週刊誌もあるのじゃ、読者数が単純に4倍違うってことでしょ?!」

と言う訳でゴールデン街のカウンター。
突出しの豆腐に黒七味をしこたまかけてフォアローゼスのジンジャエール割りを呑んでたら、呑み屋野球チームの仲間が上司らしき男と入って来た。
「北京もあるし、時間ないですよ!」と憤ってる奴に、上司が席を外した隙に話しかけてみた。
「そっかあ北京行くんだ。向こうは混乱してるみたいだし大変だね」
「いやオリンピックじゃなくて会社に殺されそうですよ」
奴は某スポーツ新聞社勤務。
野球、サッカー等のルーチン記事に、今ならウィンブルドン、先週は全米女子ゴルフ、そして夏の甲子園に加え今年は五輪。
「マスコミが煽ってるだけでそんな混乱してない面もあるんですよ。所詮スポーツ新聞ですから」
自嘲気味に奴が言う。
マスターとジョークで話の矛先を変えた。

翌朝[週刊ベースボール]の続きを電車内で下車駅迄読む。
本をカバンにしまい改札からしばらく歩いた今日の目的地の側で、ふと通りの先を見たら[ベースボールマガジン社]の社屋があった。

“創刊時のポリシーを貫き、スポーツの本質から逸脱しないで続けているのが素晴らしい”という王監督の[週刊ベースボール]への賛辞がふと頭に浮かんだ。

2007.7.3
Magazine Street
カテゴリー:Tennis
07/03 22:24
04

Scene 225 [Lawn Tennis]

2002年9月19日有明コロシアム。
トヨタプリンセスカップ女子ダブルスに出場した伊達公子選手を観ていた。
3-6で1stを落としての2ndの第1ゲーム。
コロシアムの南西に座っていた俺等の目の前で、アドバンテージコートの伊達選手がリターンダッシュしたその時、彼女が倒れて左足を押さえた。
笑顔があったので、「攣ったのかなあ?」「肉離れ?」何て言っていたらアキレス腱断裂で、彼女はリタイアし、夫のミハエル・クルム氏に抱きかかえられてコートから出て行った。
引退して6年経っているとは言え、プロアスリートの怪我の瞬間をこの目で見て、何か不安な気持ちになったのを覚えている。

今年のウィンブルドン。
錦織圭選手は、前哨戦で痛めた腹筋が原因で無念のリタイア。
腹筋はジュニア時代にも痛めたことがあるらしいが、テーピングでどうこうという場所ではないので、早く良くなってほしい。
いくら若いとは言え、予選から勝ち上がり続けるのは相当タフなことだ。
今回のウィンブルドンは本戦からだったが、更にアグレッシブな“エア・ケイ”になる為に、常時本戦ストレートイン出来る様応援しよう。

女子は楽々ストレートイン出来た森上亜希子選手が、左膝の故障で北京五輪と併せ不出場。
長年の激しいプレーによる軟骨の消耗と破損、そして北京五輪出場枠を狙っての強行軍で膝の皿がずれ、更には精密検査を繰り返したことが追い討ちをかけ、手術をせざるを得ない状況に陥ったとのこと。
ゴルフでは4月に軟骨除去手術を受けたタイガー・ウッズ選手が、復帰第一戦の全米オープンで優勝したものの、左膝が悪化し再手術で今季欠場となった。
タイガーは手術後18ホールを歩いたのは、この全米オープンが初めてだったが、19ホールに及んだプレーオフを含め91ホールを戦い抜き、ウィナーズサークルに立った。
「膝は痛かったが前を向くしかなかった。いつ辿り着くかわからないゴールに向かって、自分を鼓舞しながら進むしかなかった」
森上選手は「手術無しではツアーレベルへの治癒は不可能」という診断から、手術に踏み切る。
大丈夫、彼女のガッツならまだまだ前を向いて進んで行ける。

そしてそんな沢山のプレーヤーやファンの想いを呑み込み、ウィンブルドンは美しい。
TV画面一杯に映る奇麗な芝コート。
フェデラーのクラッシックなカーディガン。
杉山愛選手の笑顔。
のんびりした観客。
出来上がりつつあるセンターコートの屋根の白い骨組。
芝が剥げて来た頃に増すであろう戦いの荒々しさ。

「最近ラケットを握ってない」って言ってたあいつも、せめてウィンブルドン位は観ててくれないかな。

ドシー選手の2回目のマッチポイント。
イバノビッチ選手のフォアハンドが白帯に当たった。
張りの柔らかいウィンブルドンのネットはそのボールをドシー選手のコートに落した。
人生だ。

2007.6.26
Takanawa4
カテゴリー:Tennis
06/26 16:27
05

Scene 224 [EQ(equalizer)]

以前よりセミオープン気味のスタンスが目立つ。
あの“ライジングサン”のカウンターは炸裂していたが、試合そのものは凡戦だった。
有明国際女子でのクルム伊達公子選手のプレー。
そりゃそうだ、1万$の大会なんだから仕方ない。
(観とかないと!)という妙な使命感で有明に行ったが、セミオープンのスタンスが、12年の間に増したスピード、パワーに対抗する為なのか、復帰後の二大会で砂入り人工芝コート特有のフットワークをして来たからなのかは正直わからなかった。

もう一ヶ月位前だろうか、古館伊知郎氏のニュース番組(ニュース・バラエティ?)に伊達選手が出演してた。
久留米の試合が終って一連の“復帰騒動”が一息ついた感のある時で興味が湧いた。
気がついたら、家人も後ろで立ち止まって画面に釘付けになってる。
話が古館氏独特の語り口、ペースで進んで行く中、伊達選手が復帰会見の時同様に、唐突に選手育成における砂入り人工芝の弊害について言及した。
岐阜、久留米と砂入り人工芝での連戦の後の有明国際女子への出場は、そこに更に踏み込んで行くプロセス?と考えたくもなる。

どんなスポーツでも、誠実なプロコーチなら「俺が育てた」みたいな言い方はしない。
プレーヤーの才能、努力へのリスペクトがまずあるし、施設、メニュー、その他諸々を工夫する事によって出来上がる“環境”でプレーヤーが伸びて行く事を知っているからだ。
有明国際女子では、若手選手のプレーのテンポがかなり間延びして見えて、伊達選手と同じく日本の“テニス環境”への危惧を感じた。

タイガー・ウッズのトリプルグランドスラムで幕を閉じたゴルフ全米オープンでは、片山晋呉選手が予選敗退時に、「こっちは難しすぎる。今田竜二選手に任せる」という内容のコメントを残してた。
ツアーの厳しさ、ベースを異国に置く困難さは勿論理解出来るが、正直聞きたくなかった。
でもこれも“環境”の大事さを如実に物語っている。
比較する訳ではないが、おそらく今田竜二選手も錦織圭選手も、この手のコメントはしないだろう。

オセロをひっくり返すみたいに、砂入り人工芝コートやゴルフ場を変える訳には行かない。
でもハードはそうそう変えられなくてもソフトはいくらでも変えられる。
“普及”という広い裾野の先は頂上に向う“育成”、“強化”だ。
今の自分とトップまでの繋がりを意識出来ているかい?
陽のあたる場所でも陽のあたらない場所でも、プレーヤーはもっと強くなる為に、コーチももっといいレッスンになる様に工夫している。
好きな事を「あーでもない」「こーでもない」って考えるのって最高だからね。

ちょいとEQを効かせれば、マンネリも閉塞感もその瞬間に消える。
素敵なアイデアを閃かせる為にまずは動いてみようぜ。

2007.6.14
Yurakucho
カテゴリー:Tennis
06/19 22:09
06

Scene 223 [Shooting Star]

一駅手前で読み終えた。
名残惜しくて巻末の年譜をぱらぱら捲る。

「宮城黎子の昭和テニス史—グッドデイズ、グッドイヤーズ、グッドライフ」

全日本選手権シングルス8連覇を含む、全日本単複混合計30個のタイトルホルダー。
1964年「レイテニスショップ」開店。
1967年「伊勢丹テニススクール」開校。
1969年「モダンテニス」創刊。
そしてこの三つの“日本初”。
改めて偉大なパイオニアだと思い知らされる。
でも伊勢丹テニススクールで習っていた頃は、(凄い人なんだろうな)とは感じていたものの、単純に“怖い人”だった。
夏の強化練習のレッスン中に女の子と話してたら、えらく叱られたっけ。
高校卒業を区切りに“選手”をやめて、新宿ACBで演り始めた頃、正月恒例の初打ちに顔を出した。
一緒に行ったダチも同じくバンドに専念してて、俺等のカッコはまあテニスプレーヤーのそれではなく、タイトなパンツにブーツの典型的なバンドマンスタイル。
そんな俺達を見て宮城先生は一言。
「早く着替えてらっしゃい」「いや、テニスの用意して来てないです……」「あらそう、じゃあ仕方ないわね」
“怖い”と感じていたのは、余りに強烈なテニスへの情熱に圧倒されていたからなんだな。

本の内容は宮城先生が生まれた1922年(大正11年)からの半生記。
1922年はウィンブルドンが現在のウィンブルドンコモンに移って来た年であり、日本庭球協会が設立された年でもあり、更に第一回の全日本選手権が開催された年。
そして宮城先生が田園調布に引っ越した8年後1934年(昭和9年)に田園テニス倶楽部開業。
タイトルの“昭和テニス史”は正にその通りだ。
“ウィンブルドン”が1877年から1921年までは、“ウィンブルドン”ではなくウォープルロードで開催されていたこと、“テニスコートの恋”の以前に、現皇后陛下である美智子様が関東大学新人戦で優勝していること等々のエピソードに驚かされる。
全豪の本選に出ていたのに自分では予選だと思い込んでいて、後年になって人に言われて本選に出場していたと知ったというくだりもある。
ハリー・ホップマン夫妻との交友を綴った箇所では、ハリー・ホップマン氏を招いてのレッスンを思い出した。
あの速射砲の様な球出し、全日本ジュニアのチャンピオンの先輩が打ち込んだ球を獲れるか獲れないかギリギリの所に落す配球、ホップマン氏が昼食後の練習に若干遅れて来た時の「名前のわりには急いでないな!」という俺達のコーチのギャグ。
そのコーチがいつだったか、「宮城さんに代って駐車場に車入れたんだけど、“バックは出来ない”らしいんだよね。いつもどうしてるんだろう?」何て言ってたのも思い出す。
とにかくいい本だ。
俺が関係者ということを差し引いても充分おつりが来る。

帰宅して、読み終えた本をキッチンのテーブルの上に置いてiBookを開いた。
メールの受信フォルダに伊勢丹テニススクールの仲間からのメール。
(何だろう?又呑みの誘いか?)と開いたら……。
急に先週の太子堂での出来事、メールをくれた奴の友人と先日たまたま話をしたこと、そして今さっき本を読み終えたことが、このことの暗示だったのかと思えて来る。
そして宮城先生からのメッセージだったのかと、今の自分を振り返った。
全然ダメだな、俺。
頭の中では何故か、(ディランのShooting Starを聴かなきゃ)と俺が俺に言ってる。

お涙頂戴はまっぴら御免でしょうから、最後に「宮城黎子の昭和テニス史」のプロローグのタイトルを記してみます。

「テニスほど楽しいものはない」宮城黎子

合掌。

2007.6.7
Chitosedai1-28-1
カテゴリー:DYLAN
06/12 21:46
07

Scene 222 [I’m A Man]

夕暮れの淡島通り。
太子堂中学校の前を茶沢通りに向って歩いていたら、向こうからJリーガー系長髪で日焼けした、中村雅俊そっくりな男が自転車で走って来る。
うん?!あれっ!?
「先生!」
ジュニア時代のテニスの先生(今でもコーチとは呼べない)だった。
「お前こんなところで何してんだ?」
「いや先生こそ何やってんですか?」
「筑駒の側のショップにこれ張替えに出しに行くところ」
話してる最中から頭の中に“生涯現役”という言葉が何度も浮かんだ。

あの頃学校でも朝練したし、休みの日も朝早くからスクールに行って練習してた。
俺のダチは毎朝学校に行く前にスクールに行って、さっきの先生と練習してた。
素行不良だったけど練習好きでそれなりのレベルだった俺等は、先生達の練習相手としても丁度良かったんじゃないかな。

俺がテニスを始めたのは中1で中高一緒の部活。
手入れの良く行き届いたクレーコートが4面あったけど、後発の硬式テニス部は1面で、あとの3面を軟式テニス部が中学男子、高校男子、高校女子でシェアしてた。
雨が降った翌朝、雨が止んだ次の休み時間はローラーの取り合いで、俺等中1がいつもダッシュで行ってローラーの上にちょこんと座って先輩を待ってたっけ。
入部した年の夏休みに学校の記念事業でコートがクレーからマテフレックスに変った。
夏休みは、三鷹のテニスクラブのコートを借りての練習と、学校に行って木槌でマテフレックスの組み立て、そして先輩の応援で終った。
そうそうこの間閉館が発表されたコマ劇場に、山口百恵を観にも行ったな。
う〜む、我ながら可愛い奴だ。
あの時はまだKISSフリークじゃなかったってことか。
とにかくそんな夏があって4面のコートが完成したら、硬式と軟式で2面づつになってた。
「何でですか?」と先輩に聞いたら「先生がじゃんけん勝ったからみたいよ」だと。

でも2面になったと言っても中高一緒の部活で中1の練習時間がそう増える訳はなく、当然朝練、そして早弁しての昼練。
正しく“好きこそものの上手なれ。”
こうやって“自分で機会を作る、時間を作る”のが自然に出来るプレーヤーが強く、上手くなって行くのは当たり前だ。
部活では“義務練”というのもあったけど、今思えば凄い言葉だ。

その頃の仲間は当たり前だが、堅気になった奴、そしてテニス界に残った奴といるが、今も良く会う奴等の仕事の話を聞いていると、「やってらんねーよなあ!」と笑い飛ばす明るさと、自分の責任でスケジュールを切って動いてる感じが伝わって来る。
ダメな奴特有の“被害者意識”、“拘束感”、“胸くそ悪い悪口、陰口”は微塵もない。
そりゃそうだ、ガキの頃自分の好きな事を好きなだけやれる様に工夫して動いて来た奴等なんだからさ。

ボ・ディドリーが逝っちまった。
LIVE AT THE RITZの“Crackin' Up”をかけて、芝公園辺りで観たロニーとやったショーを思い出しながら、献杯ってやつを陽気にやろう。
ジャングルビートと焼酎のPEPSI割りが効いて来たら、誰かに電話してこう誘うんだ。

「いせや本店、昨日から再開したらしいぜ!日曜に行ってコロッケともも焼きで一杯やる?!」

2007.6.5
Hanakoganei-minamicho
カテゴリー:STONES
06/05 20:57
08

Scene 221 [友を待つ]

障子を張替えた。
正確には今張替えてる合間。
何年張替えてなかったんだろう。
余裕が無くなったんだか、相変わらず風流だとか侘寂とは無縁だからか。
ガキの頃は毎年大掃除の時に張替えて、張替える前に障子にばすばす穴を開けるのが楽しみだったっけ。
障子越しの柔らかい光での昼寝を楽しみに張替えるか。

ニュースは侘寂とは程遠い世相を伝えて来る。
ガキには、今の効果音やテロップ、したり顔の解説者が煽るTVニュースは、バイオレンス映画を毎日見せている様なもんで、悪い刷り込みの典型らしい。
ニュースを見せるなら新聞でって事だ。
これは大人だって同じだろうな。
俺は新聞でさえ悲惨なニュースを目にすると、そこの記事が見えない様に新聞を折り畳みたくなる事がある。
世の中が良い方向に行ってるとは到底感じられない。
でも悪い事へのフォーカスの仕方、伝え方が重く澱んだ空気を作っている気がする。
いつの世にも人の不安を煽って儲ける奴がいる。

ストーンズの1981年のツアーで傾斜がついたステージをミックが
“Neighbours,neighbours,neighbours”
“隣人って奴は俺のテーブルまで持ち逃げする お前は大丈夫だろう でも隣人、見知らぬ他人にも仲がいい隣人にも自分の身になって接した方がいいぜ”
とシャウトしながらフロント迄飛び出して行くシーンを思い出す。
そして1983年の“TOO MUCH BLOOD”。
パリでの日本人が起こしたあの事件、テキサスでの事件をモチーフにしたダンスナンバー。
プロモVTRでのミックは狂ったパフォーマンスを繰り広げ、サビではこう歌う。
“踊りたいんだ 歌いたいんだ No.1になれるんなら何だってする 踊りたいんだ 歌いたいんだ 女と楽しめるなら 何もかも投げ出すぜ”
そして最後はこうだ。
“可愛いお前 絶望するのはまだ早い 愛はまだ残っているぜ 余りにも血の気が多過ぎるけどな”
あれから20年以上経ってもちっとも変っちゃいねえんだな。
俺達はエネルギッシュに飯喰って酒呑んで愛しい者を抱きしめて生きて行けばいいんだ。

ローランギャロスは今年もタフな雰囲気を醸し出している。。
森上亜希子選手の敗戦後のインタビューは読んでいて辛くなった。
オリンピックの枠に入れるかも心配だが、膝がもっと心配だ。
彼女のタフなプレーがオリンピックで観れます様に。

“a smile relieves a heart that grieves”Waiting on a friend/Rolling Stones
“笑顔は悲しみの心を救ってくれる”

2007.5.29
Kodaira
カテゴリー:STONES
05/29 17:49
09

Scene 220 [Pause & Period]

始まりは“伊達公子37歳での復帰”。
次が女子ゴルフの前世界ランキング1位、米ツアー歴代3位の通算72勝のアニカ・ソレンスタムの37歳での引退。
そしてその翌日、エナンが引退。
エナンは伊達選手と同じく25歳での引退。
共通項を見つけて喜ぶ訳じゃないが、ソレンスタム、エナンの伊達選手の去就との絡みに、(意識してもしなくても節目ってやつがあるんだな)と感じさせられた。

「演歌歌手じゃないんだから、10周年とか20周年とかで騒ぐのってカッコ悪いぜ!」
ちょっと斜に構えてた時期にそう嘯いた覚えがある。
でも今は誕生日や記念日を一緒に祝える家族や友人がいること、そしてそこで感謝の気持ちを持てることが素敵だと思える様になった。
今更遅いんだが。

そういう意味じゃ土産も同じかな。
昔は(何だよ、こんなもんいらねえや。この分で一杯奢れよ)だったのが、今は物自体はどうでも良くて、(ありがてえなあ、遠い所でも俺のことを気にかけてくれて)なんて感謝してる。
まあ「年取って涙もろくなっちゃって……」と変わらないか。
実際この間は福島晃子選手の涙にもらい泣きしたし……。

しかしこうやって思い出すと酷かったなあ。
親父が死んだ時は、斜に構え過ぎてそのまま一周廻っちゃう位の時期で、「葬式は湿っぽくしちゃいけないんだよ!」と仮通夜、通夜とガンガン酒を呑んで、祭壇の前で寝込んじまった。
周りはそれを見て「寂しいんだね」と言ってたらしいけど、そうだな、ガキのフェイクなんてすぐ見破られるもんだ。

グラミー賞でのミュージシャンのスピーチは昔も今も変わらない。
ウィンブルドンのウィナーズスピーチも変わらない。
SEX,DRUGS & R&Rのバンドマンも、COOL & DANDYなテニスプレーヤーも、家族とスタッフ、そしてファンへの感謝をまず口にする。
奴等のスピーチを聞く度に、(身近な人への感謝を表すことに照れてちゃ駄目だよなあ)と反省する。
周りを見ても“感謝”の意を明確にしてるのは、金のやり取りがあるところか、封建的な人間関係の下から上だけだもんな。

でも錦織圭選手しかり、宮里藍選手しかり、若手のトップアスリート達はその辺しっかりしている。
インタビューの受け答えの練習をしているとは言え、メッセージを発する機会の大切さ、自分の立場を理解し、周囲のサポートに感謝し、その上で自分の考えを的確に伝える姿は素晴らしい。
そうじゃなきゃもはや王道は歩いて行けないんだろう。

さて今夜は見え見えでも、ちっぽけな安いブーケでも買って帰るか。
その前に照れない様に一杯だけ呑んで……。

2007.5.20
Kyobashi
カテゴリー:Tennis
05/22 15:58
10

Scene 219 [My Back Pages]

“後期高齢者医療制度”
正直最初は「後期」というのは年齢区分ではなく、他のシステム的ニュアンスの表現と思っていた。
実際は「75歳以上の高齢者」だった訳だが、そりゃあ区切られた方は気分悪い。
慌てて“長寿医療制度”なんて言い換えてももう遅い。
75歳以上の人を高齢者の後半と名付けた奴等が、今更何を言うだ。

表向きの言葉にだまされる奴はいつの時代も多いが、それでも人はふと見せる一瞬の本音を見逃さない。
「私達は高齢者の方達を応援します!」みたいなキャッチコピーを出してる企業のお偉いさんが、ビジネス誌で「これからは高齢者をターゲットにしたものがビジネスチャンス」なんて自慢げにコメントしているのを良く見る。
携帯電話メーカーの役員が「携帯電話が大人と若者に行き渡り、今後は子供とお年寄りがターゲット」と言ってる記事を読んだこともある。
そういうのを二枚舌って言うんだよ。
って言うか、その程度のパブリックイメージのコントロールも出来なくて大丈夫か?!

誰だって金が必要な事はわかってる。
自分の今の仕事を生業を言い切れる奴なんてほんの一握りで、殆どの奴等が喰う為、生きる為に働いてる。
「金じゃない」って言う奴は、「金の多い少ないじゃなくて自分の価値観が大切」って言っているんだと、よっぽどの揚げ足取りじゃない限りわかる。
自分の仕事に対して正当な対価が欲しい、出来れば沢山欲しい、でも誰かを欺いたり、金を得ることだけの為に仕事するのは嫌だと感じるのが大人だ。
生業だろうが、そうじゃなかろうが「いつか」という熱い想いだけは持っていたい。

話を最初に戻すと、テニススクールでは以前から「シルバークラス」なんて表現をみかけた。
でも「高齢者として括られてる感じは不快」という声が多く、各スクールはネーミングに苦慮したみたいだ。
NHKの「ゆうゆうテニス」以降は、そのイメージが定着した感がある。
先日電車広告では「マスタークラス」と呼んでいるのを見かけた。
“生涯スポーツ”と言われるテニス。
団塊の世代云々での“ビジネス・チャンス”に、テニス関係者は誠実に対応しているはずだ。

「アニカ・ソレンスタムが引退ですよ」「えっマジ?!」なんて話をした翌朝、今朝の朝刊。
一面のトッピック欄にエナンの写真。
(うん?どこかで優勝したのか?)と見たら、「エナンが引退表明」。
ページを捲りながら、頭の中には同じベルギーの同世代、クレイステルスが浮かぶ。
「現役を続けるモチベーションがなくなった」と発表をもっての引退で、間近に迫ったフレンチもウィンブルドンも出ないらしい。
「フレンチに勝つ事が最大の喜び」と言っていたエナン。
それがこのタイミングで引退。
(そうなんだ……)と認める。
記事には「現役世界ランク1位の引退は初めて」とあったが、それは他人が「もったいない」とか言う筋合いじゃあない。
「悲しいよりホッとしてる」「自分が創設したテニスアカデミーに力を注ぐ」と記事は締めくくられていた。
彼女にとって生涯賞金20億とかは関係なく、テニスは生業だ。

気付けばエナンの記事の下には、「世界トップ10に入れる逸材」という見出し。
エナンに負けない位の大きな囲み記事で「テニス 錦織のコーチ」のインタビュー記事。
iTunesは“Ah,but I was so much older then,I’m younger than that now.”とジョージ・ハリスン、クラプトン、ニール・ヤング、そしてディランが唄うMy Back Pagesを流してる。

「あの頃の僕は老けていて、今の方がずっと若いのさ」BOB DYLAN

2007.5.15
Hoya-Shinmachi
カテゴリー:DYLAN
05/15 10:25
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