Home会社概要会社沿革企業理念地域・社会貢献活動不動産オーナー募集テニスコーチ募集
ニュースメールマガジンテニス動画テニスコラムブログリンクサイトマップ資料請求お問い合わせ
another side of tennis

[Another Side of Tennis] 坂東海 カテゴリー:SION

新宿ゴールデン街バーの片隅のテニスと音楽の与太話です。
«Prev | 1 | 2 | Next»
01

Scene 319 [小さい天使]

石川PAで吉野家の牛丼をかっ込んでいた時のこと。
ふと気付いたら周りの皆が俺の頭の上の方を見つめてる。
(うん?)と振り返ると、大画面ではスイス室内の錦織vsジョコビッチ戦の報道。
スポーツ紙朝刊トップにもなっていたからか、画面を指差しながら、「錦織が世界一位に勝ったのよ」とか、「ほらテニスの錦織だよ」と家族に教えてる人がいる。
中央道を調布から河口湖に向う車で、一度見えなくなった富士山が再び現れ、更に近くデカク見えて来た時と同じ位いい気分だ。

石川PAで休憩する数時間前。
須玉のジュニアトーナメント会場
雨で延々待たされて、小雨の中そこここで待ち切れずにボレーボレーをする選手達。
そのうちの一組のお父さんが、ボレーボレーしながら娘さんにこう言ってた。
「よし!3分つなごう!全国基準だと10分なんだよ!」
「本当?!」
「本当だよ!テニスの日なら認定証が出るんだよ」
横を通り過ぎる数秒間の出来事。
ワオッ!Grass Roots Movement!

「何かこの1週間テニス界盛り上がりましたよねえ」
最近余り見なくなった養老の瀧。
隣で呑んでいたコーチがボソッと言う。
「圭も凄かったですけど、あゆみも伊達さんに勝って10万$優勝して、愛ちゃんが結婚発表して」

代わり映えのしない毎日。
でもこうやって楽しみはある。

“こんな日差しの 射す朝に 悲しみに暮れて暮らすのは難しい どうやらまた 俺の小さい天使が えんやこらさっさと運んでくれた朝”SION/小さい天使

今朝も眠いし、ダルいけど……さてと行くか!


  続きを読む:Scene 319 [小さい天使]
カテゴリー:SION
11/10 13:53
02

Scene 302 [新宿の片隅で]

唐突だが新宿生まれだ。
しかも歌舞伎町生まれ。
この世に放り出された場所は歌舞伎町2丁目。

ストーンズの初来日の前の年だったか。
歌舞伎町で呑む様になってもうどの位経つんだろう。
渋谷の小さなパブから始まり、下北沢、吉祥寺と呑む場所は変ったが、新宿、いやゴールデン街が圧倒的に長い。
呑み出した頃は靖国通りでタクシーをつかまえるのが難しかったから、終電を逃してタクシーの時は職安通りの西武新宿線のガード辺りまで歩いてから乗った。
今じゃ靖国通りは客待ちタクシーのオンパレードだが。
そんな事を夜な夜な繰り返しながらも自分が新宿生まれだって事は忘れていた。

朝までやってる「北京」で美味い焼き餃子とビールで〆るのが好きだった頃。
[北京]を出ていつも通り西武新宿駅の方に行かずに裏手の道で職安通りに向った。
そこにはどデカイ病院がいつの間にか建っていた。
大久保病院。
「僕は雪の降る夜大久保病院で生まれた」
そんな文章を思い出した。
小学校の時の作文、我がおいたちの記って奴だ。
(あ?そうだったなあ)とタクシーのシートに身を沈めた。

あの頃は終電だと呑み足りなくて、終電が出る頃が盛り上がりのピーク。
そしていつも26時位に帰りたくなっては朝まで店で粘って始発で帰った。
金があれば勿論タクシー。
全く呑気なもんだ。

そんな事を思い出しながら百人町の交差点辺りを歩く。
転んで骨折して入院してるお袋の見舞いの帰り。
幸い手術も昨日成功してリハビリもすぐ始められそうとのこと。
(足じゃなくて良かったなあ……)と職安通りを大久保病院方に歩きながら、ビルの上の青空を見た時ふと思った。
(テニスやってて良かったな)
あっ、テニスやらしてくれて良かったなだな。
いやいや、テニスやらしてくれてありがとうだ。
カテゴリー:SION
02/25 23:34
03

Scene 301 [好きな時に跳べ!]

全豪オープン男子準決勝後の共同通信社の記事。

"28歳の小柄な戦士の原点は17歳の時にある。やる気のなさからピレス・コーチに、しばしば練習場のボール置き場に鍵をかけて閉じ込められた。一度はやめると決めて工事現場で働いたが、テニスでプロを目指せることの幸せに気付き、厳しい練習に真剣に取り組み始めた。"

いいなあ、フェレール。
"現場"で働く位だからWorking Classの育ちなんだろう。
身長は175cmでそうデカくなく、今大会128ドロー中6番目。
記事の最後は「僕のプレーは体力勝負。集中して戦い続けるだけだ」という言葉で締めくくられていた。
"好きこそものの上手なれ"だな。

数年前、旧知のバンドマンに電話をかけた時のこと。
「俺今現場で行けないなあ」とボーカル。
(収録かなあ)と太鼓の奴にかけたら、そいつも「新潟の現場だからさあ」。
docomoの初代タイアップをしてた奴等だが、徐々にジリ貧気味になっていたので、「新潟」と聞いてやっとわかった。
音楽だけじゃ喰って行けなくて、"現場"に出ていたんだ。
今奴等のバンドは休止状態。
それでもそれぞれが小さな小屋を廻ってプレーを続けてる。
"現場"で稼いだ金でスタジオに入って、イカした服買ってね。
やっぱり"好きこそものの上手なれ"だ。

小学校入学当初から何かと落ち着きがなく、自分から努力する事が出来なかったガキがテニスを真面目にやりたいと言い出したのは一昨年の夏。
先輩がやってるジュニア育成スクールに放り込んだ。
担当はバイト時代の後輩コーチ。
奴がダラければ俺が見てても遠慮なく厳しく指導してくれた。
おかげ様で"強くなる楽しさ"に目覚め、「テニス部のある学校に行く」と受験勉強を始めた。
そう、やっぱり"好きこそものの上手なれ"。
余談だがあの厳しさがなければ、あの甘っちょろいガキがこんな短期間に上達し、進路をテニス部のあるないに拘る迄には至らなかったはずだ。

母校の顧問先生が受験について「トライさせてあげてよ。受かる受からないじゃなくて
テニス部の皆みたいにバネがある人間になるから」と言っていたのを思い出す。
バネって言ってもぴょんぴょん飛ぶイメージでなく、
上手く行かなかったり、悔しい事をバネにするってこと。

とは言え大人になると、"好きこそものの上手なれ"もなかなかムツカシイ。
でも錆びたバネでも踏みつけられた分だけ、「好きな時に跳べ!」だ。
カテゴリー:SION
02/10 23:39
04

Scene 289 [I GET REQUESTS]

「高校の頃憧れてました。10年位前にはここで挨拶させてもらって」
お世辞とわかっていても褒められたり持ち上げられるのは照れる。
「その時俺すげえ嫌な奴だったでしょ?!」
と話の腰を折るのが精一杯。

山中湖のテニス民宿発祥の宿。
母校の中学校の合宿のヘルプに来た。
と言っても東京を出たのが夜8時過ぎだったらから、初日の呑みから参加。
勿論現役の姿はない。
コーチ役のOB達と定年退職したばかりの元顧問に、名誉OBとでも呼べそうな宿主。
今時の部活事情に学校事情とトッポジージョ。
そこに他校のチームが加わって来ての冒頭の会話。
彼と一緒に来てる現役女子選手も入って来て更にコアなテニス裏事情話。
44度の泡盛を開けきる前にお開き。

翌朝のランニング。
「集合」の声に集まって来る連中からはズッタラズリズリと靴を引き摺る音。
ラケットはだらしなく下を向いてブランブランしてる。
とてもじゃないがテニス部員の歩き方じゃあない。
コーチ達からは限られた時間を惜しんで、何とかしてあげたいという気持ちがありありと伝わって来るが、部員達からは「強くなりたい」「上手くなりたい」という気持ちは感じられず、「返事は!」と言われなければ返事もない。
当然コーチへの質問も要求もない。
自我が目覚めだす頃に感じる照隠しの感情が、ポーズからそのまま無関心、無気力、無責任として定着してしまうってのは良くある話だ。
そこのステップの途中で力をつけたり、小さな事でも達成感を味わえればそうはならないんだが、集団の悪循環が加わってしまうと事は厄介なんだよな。
救いはこれ又良くある話だが、一人一人個別に接すると“いい奴”がいるってこと。
コアな存在になれる者を一人でも増えて行けばいいのだが。

山中湖を夕方前に出る時の温度は24度。
湿気もなく車のエアコンは入らない。
それが上野原辺りから熱気を醸しだし、府中で降りたら夕方なのに32度+湿気。
そんな東京で数日後、エアコンの調子が悪い馴染みのバーへ。
エアコンは何とか31度キープしていて、時折「プシューッ」って音をたてて止まり、マスターがリモコンを「ピピッ」と押しての繰り返し。
「電気製品って気持ちが通じるからね!」
まあ座って酒を呑んでる分には十分だ。

今日発売のCDを聴く。
1曲目が流れ出し、二人で「うわっ、これ凄いね」と聞き入る。
“I GET REQUESTS〜Sion With Bun Matsuda〜”
ファンからのリクエストの上位10曲をアコギで録り直したアルバム。
1位から10位迄の順位そのままというのが信じられないいい曲順。
「独りで聴いたら泣いちゃうよな」とマスター。
3曲目が終わり4曲目に入った時、目の奥に涙が滲んだけど、それは黙っていた。

“I GET REQUESTS”
リクエストされる嬉しさ、昂り、誇り。
あの中坊達もいつかリクエストされる時が来るんだろう。
その前にくだらない自己主張じゃなくて、自分を高める為のリクエストが出来る様にならないとな。

4曲目の最後で常連が入って来た。
彼はバンドでギターを弾いてるが、SIONって感じではない。
(もうちょっと聴いていたかったな)という気持ちをマスターからも感じつつ、「暑いよねえ」と与太話がスタートした。
右耳でしゃがれ声を聴きながら、左耳を相手に向け、手を叩いて馬鹿笑いをしているうちにCDは終って、柳ジョージ&レイニーウッドの1981年の武道館ライヴがかかった。
そう、これも人生、これが人生。

2010.8.4
Shinjuku3
カテゴリー:SION
08/10 08:37
05

Scene 277 [41]

東京湾の埋め立て地の突端のゴルフ場で、右に富士山、左にディズニーランドを見ながらラウンドした帰り。
東京フォーラムの横のガード下で打上げ。

「先生、こいつの結婚式の時のスピーチ凄かったですよねえ。いきなり“N君は勉強は出来ない。テニスは下手。全く褒めるところがありません”って来て、学校の先生らしい笑いの取り方だと思いながら、皆その後の盛り返しを期待してたら、そのまま一回も褒めないでスピーチ終了!俺等が“褒めなくて良かったんですか?”って聞いたら、“だって褒めるところがないんだから仕方ないだろ”だもんね」
「そっ、あの時帝国ホテルで金かけたのにさ、結局離婚だぜ」

四十面下げたex-高校生10数名が、30年以上前と変らず老けない顧問先生を囲んで、昔話と最近の馬鹿話で盛り上がってる。

「“昔テニスやってた”って話になるとさ、インハイに出たのと出ないのじゃ全然違うんだよね。俺が“関東高校出た”って言っても“ふ〜ん、そうなの”みたいなね」
「そうそうインカレじゃなくてインハイなんだよな。大学入るともう個人の価値観で興味ある部分しか関わらないからね。野球だってやっぱ甲子園だもんね」
「お前32でしょ?俺で64だったのにさ」
「そうだけど東京都代表って言ったって5位だし、インハイもベスト32で、上には友達が何人いるから、まあこんなもんかなと思ってたんだけど、ちょっとこれから威張っちゃおうかなあ」
「そう言えばどっかで、戦績:都大会単ベスト64って書いてた奴がいたな。戦績って言えば普通、シングルで32、ダブルで16以上であとは“〜大会出場”だよな」

それから約2週間。
又同じ様な面子でラウンド後、東松山の焼きトン屋「大島屋」。
2週間前はプレ大会で、今日が顧問の名前がついた本大会らしい。
年季の入ったカウンターで、刷毛で味噌ダレをしこたま塗って一味をぶっかけたカシラを喰いながら、今日も皆で管巻いてる。

「ゴルフってさ、数字が出ちゃうから異常に拘る人いるよね」
「本当クラチャンの世界なんてシビアですよ。自分がカップインしたら他の人がまだでもさっさと次のホールに向って行っちゃいますからね」
「ま〜じ〜。そうなんだ。俺なんか皆と廻るから楽しいのに」
「まあそこまでやらないとクラチャンにはなれないって事でしょうねえ。俺仕事でテニス誌、ゴルフ誌の両方やってるじゃないですか、それぞれ特性がありますよね」
「ふ〜ん、俺は“テニスがあんなに上手いくせに何でこんなにゴルフが下手なんだ”とか、“テニスが強い奴が100切れないのはおかしい”って煩く言われる」
「それは“ゴルフで100切れるくせに何であんなにテニスは勝てなかったんだよ”とか、“ゴルフで100切れる奴がテニスで戦績を残してないのはおかしい”とでも言っとけばいいんじゃないですか?」
「お前いい事言うねえ……って言いながら、お前今日82じゃなかった?おまけにジュニアの時埼玉No.1だっけ?あ〜あ」

いいんだ、いいんだ、何でも。
それぞれ生きて来た苦みや重みをお互い感じたり、今又顔合わせる様になって楽しんでる事をちょっと幸せに感じたりしてるだけでいいじゃん。

“なにかのせいにする歳でもないし 思い出に浸る歳でもない ただやることをやる歳だ ちったあ鍛えられてるはずの歳だ” 41/SION

2010.2.8
Higashimatsuyama
カテゴリー:SION
02/10 22:00
06

Scene 265 [夏の轍 #2]

「足の裏で地面つかまえてから大きく振ってみな!」
これだけを言い続けてた家族旅行でのテニス。
毎朝二時間が精一杯だったけど、子供達は目に見えて上達してく。

軽井沢から帰って来た翌日。
今度は独り高速バスで山中湖へ。
母校の中学校の合宿のヘルプ。
iPodには“忌野清志郎 青山ロックン・ロール・ショー 2009.5.9 オリジナルサウンドトラック”。
バスが国立府中を通過するという時にかかっていたのは“多摩蘭坂”。
昨日は中学の同級生の親父さんである偉大なスイマーの訃報が報じられていた。
宿に入って、一週間ぶっ通しで参加のOBが4名と聞いて驚く。
そのうちの一人は先日打合せした強化ジュニアスクールの社長。
合宿はもう後半。
彼の喉は潰れている。
生徒達は聞いていた程はだらけていない。
そりゃそうだろう、このかすれ声だ。
どんな展開だったかはすぐわかる。
聞けば数日前の土砂降りの日は山中湖一周マラソンをさせたらしい。
朝のランニングから始まって、激しいドリル、厳しいトレーニング、全てが初体験だった生徒達は文句を言いながらも全員完走。
やりたくないこと、やらされたことでも、終ってやり遂げてしまえば、自分の糧になることがあると気付いただけでも、彼等がこの合宿に来た意義がある。
「お父さん、お前位の時にここ一周したんだぞ」と、助手席にいる子供に話しかける奴等の姿が見える気がした。
とは言え、練習で俺が発した言葉は「返事は!」「走れ!」が殆ど。
体育会系の締め付けでも何でもなくて、最低限の礼儀、集中力を示せない“テニス部の後輩”に何とか壁を越えてほしかったんだが、彼等に通じただろうか。
テニスは上手くなった分だけ、強くなった分だけ見える世界が変って来るんだからさ。

数日後、恒例の日比谷野音でのSION-YAON。
“たまらん事が多すぎる たまらん俺が多すぎる 誰にも見つかりたくないくせに お前に見つけてほしい どうなってんかな 三つから進歩なし”鬼は外/SION
先月末のシオンの友人である女性ロックシンガー、川村カオリの死。
“たまらん事が多すぎる”というフレーズを涙をこらえ切れずに振り絞る様に唄う姿に、グッと来る。
たっぷり聴いてたっぷり呑んで、気付けば打上げの席で友人は酩酊。
家人と娘と一軒で早々に退散……呑み出しが早かったんでそれでも6時間は呑んでるんだが。

そして翌日。
山中湖で一緒だった先輩のスクールのジュニアレッスンを観に行った。
息子を実験台に入会させ、効果測定。
最初から最後まで無駄のないハードなレッスン。
効率よく多人数を廻すとかそういうことじゃあない。
上手くなることだけでなく、強くなることを追求したシンプルで明るいエネルギーに満ちた空間。
(そうなんだよなあ……)と、得意の独りごち。
と、そこに先日の毎トー50歳以上男子複で優勝した先輩が訪ねて来た。
堅気の会社勤めをしているくせに真黒だ。
その辺の若手プロコーチよりも黒いかもしれない。
週何時間テニスやってんだ-!
からかい合い、突っつきあいゲラゲラ笑って、いつかみたいに手を振って別れた。

世間様はこれからお盆休み。
振り返った時、今年の夏の轍が楽しいものでありますように。

2009.8.9
Shiki
カテゴリー:SION
08/10 18:43
07

Scene 259 [すべてはALRIGHT]

“新宿の片隅から”のエンディング。
激しくかき鳴らされるギターにかぶってシオンがこう唄った。

“昨日は車の中で寝た あの娘と手をつないで”

“昨日は”だけで悲鳴にも似た歓声があがり、俺も涙が滲んだ。
シオンは客に、そして天を見上げて「ありがとう」と言ってステージを降りた。

数日後家人を久々に職場迄送って行った帰りにふと思い出す。
(あっ、多摩蘭坂!)
家人の職場は“多摩蘭坂を登り切る手前”じゃなくて、多摩蘭坂を登り切った信号二つ先。
RC命って訳じゃない俺は奴と付き合いだして随分たったある日、「あれっ-!ここ多摩蘭坂じゃん!」って驚いて車を降りて、石垣に書いてあるRCフリークの“落書き”を眺めたんだ。

次の日、テニス界でお世話になっている方のお父様の告別式。
訃報を見た時沈痛な気持ちになりながらも気付いた。
(ここ昨日清志郎の密葬やった場所だ……)
予想外降り続いた雨が朝の雷雨で途切れた晴れ間。
行人坂から目黒川を太鼓橋で渡り、山手通りを越えた辺り。
祈りを捧げ、重い気分で駅に向かって歩き出してから踵を返した。
式場の敷地の隅っこから、チャボがハミングバードを掲げてた辺りに向かって手を合わした。

その夜又降り出した雨の中、真っ直ぐ帰れずに足はゴールデン街に。
俺が「今日お世話になってる方のお父さんの告別式でさ、その会場が-」と言いだすのと、マスターがCDをPLAYにするのがジャストだった。
流れて来たのは清志郎の“Boys”。
“Memphis”が出た後のブッカーT&MG’sとの武道館を2階最後列で大勢でベロベロになりながら観た時の様子がフラッシュバックする。
そう言えばSOLD OUTの野音を塀をよじ登って観たなあ。
“ミラクル”の時で、昼間にボ・ガンボスの代々木公園でのフリー・コンサートを観た後、大挙して急遽野音に行った。
開演から大分たっていたけど、よじ登ってすぐに始まった“いい事ばかりはありゃしない”は最高だった。

「このCD貸したまま返って来ないんだよなあ」「こんないいアルバム返って来ないよ」

本当に一杯だけで帰ろうと考えていたんだが、最後の“MTN”迄聞いて席を立った。
帰ったら家族はまだ起きてて賑やか。
風呂につかってノンビリしてたら、「あ-っ!」という家人の声が聞こえて、娘が半べそをかいて「ごめんなさい」と謝りに来た。
小さなプラスティックのサーブ練習機で素振りをしてたらすっぽ抜け、液晶TVにぶつかり、液晶は「パリン」と音をたてて、下半分が黒地に奇麗なレインボーカラーの格子模様に姿を変えたらしい。
翌朝メーカーに電話すると「そうですねえ、一番高い部品ですから14万5千円位かかっちゃいますね。買った方が安いかと」。

“金が欲しくて働いて 眠るだけ”
頭の中で清志郎が、「しょうがないじゃん」と笑ってた。

2009.5.10
Tamaranzaka
カテゴリー:SION
05/10 12:49
08

Scene 245 [宝物]

二の酉で賑わう花園神社。
不景気だから混んでるのか、不景気でも混んでるのかわからんが、参道は歩くのもままならない。
(失敗したなあ……)とゴールデン街への抜け道に選んだのを後悔しつつも、テントの中で呑んでる大勢の客を見て何か嬉しくなる。
やっと辿り着いたいつものカウンターで四つ薔薇を一口。
後から入って来た歳の離れた男女の、どうでもいい会話にたまに茶々を入れながら呑んでたら、呑み屋野球チームの仲間が入って来た。
奴は某スポーツ新聞社の五輪系担当。
「伊達凄いですね」と来たんで適当に話を流してたら、やっぱりこう来た。
「日本のテニスやばくないですか-!38才で12年振りの復帰で半年後に18年振りの全日本優勝って、そんなんでいいんですか-!他のスポーツじゃ考えられないですよ!」
全くこいつは何でも大袈裟に、おまけに深刻そうに話すからタチが悪い。

「伊達勝っちゃいましたね」「えっ-!う〜ん」
全日本の女子準決勝の後のテニス関係者からの電話。
昨年優勝のトップシードを破っての決勝進出。
そのトップシード選手がAIG SUNDAYでの公開練習で、ボールが途切れる度にコーチの方を振り返るのを観ていた時に感じた不安が蘇った。
“勝っちゃいましたね”は、テニス関係者の本音だろう。
伊達選手が出場したからマスコミが取り上げ、テニスの露出が増えるという“痛し痒し”もある。
とは言えどんな時でも、起きた事をフラットに受け止め即動いて、現状を楽しむしかない。

店の中にはざらついた声が流れてる。
デモテープ特有の、シンプルなギターとハーモニカのテイク。
店の中の会話が途切れると嫌でも耳を奪う声に、カップルは慌てて言葉を繋ぐ。
“前にも言われたもんさ 「奴も終わったな」 好きに言われたもんさ 「奴も終わったな」 何もできない奴には言わせとけ もしかして妬いてんのか 言わせとけ 悪いな面白くなるのはこれからさ なにしろ面白くなるのはこれからさ”宝物/SION
“Naked Tracks〜光へ〜”いいアルバムだ。

奴とは家が近いことがわかって、行きつけの天ぷら屋とイタ飯屋を教えてやる。
「今度ガキと行きますよ!ありがとうございます」と紙ナプキンに店の名前を書いてた奴が、書き終えた瞬間顔を上げて今度は、「そう言えばインタビューもドタキャンしたじゃないですか!プロ選手としてあり得ないですよ!プロ選手にはインタビューに答える……」
わかった、わかった、俺が謝るからよ、今はゆっくり呑ませてくれよ。
後で“ここにいない誰か”の話じゃなくて、お互いの“宝物”の話でもしようぜ。

2008.11.17
Shintoshin-Hodokyo
カテゴリー:SION
11/20 23:21
09

Scene 237 [足りない数ばかり数えてる]

嫌なニュースばかり目に入るし、耳に入る。
それは別にマスコミっていう魑魅魍魎としたブラックボックスが作り上げた劇的な話だけじゃない。
俺達の抱えてる自意識過剰、被害者意識って奴が生み出すちんけな話の方が山盛りだ。

好きなことで集まった仲間。
ましてその好きなことを生業に選んだ仲間。
テニスをしてれば勝者、敗者はある。
先輩、後輩もある。
でも最後はみんな、It’s Only Tennis(But I Like It)だろ。

シンプルに、ポジティヴに、そしてアグレッシヴに前に進みたいんだ。
「いつかモノにしてやろうぜ!」っていうロングレンジの話。
「これはたったこの今からやんなきゃ!」っていうショートレンジの話。
本当は皆わかっているんだよな?
ガキみたいに、ないものねだりで自分の都合のいい悪いだけで、笑ったり泣いたりする為の仲間でもないし、ましてそんな時間は更々ないのもわかっているんだよな?
俺はここんところ、iPodをリピートにしてずっとこんな曲を聴いてるよ。

死にそうになるまでは 生きてることを忘れてる 感謝はむずかしい
ちっぽけな並の暮らしに ちっぽけな忙しい日々に 感謝はむずかしい
喜びは すぐに当たり前になり 新しい悲しみにぶつかるたびに
足りない数ばかり数えてる 足りない数ばかり数えてる

お日さまみたいな顔して暮らしてたら お日さまにやかれてしまう 感謝はむずかしい
暑い夏は 冬の方がいいと言い 寒い冬は まだ夏の方がましと言う
足りない数ばかり数えてる また足りない数ばかり数えてる
足りない数ばかり数えてる また足りない数ばかり数えてる

死にそうになるまでは 生きてることを忘れてる 感謝はむずかしい 感謝はむずかしい

“足りない数ばかり数えてる/SION”

2008.9.22
Kabukicho1
カテゴリー:SION
09/25 22:10
10

Scene 229 [住人〜Jyunin]

「“音楽に生きる”のか、“音楽で生きる”のかって聞かれたら、“音楽に生きる”って答えたい。でもなかなか難しい」

言葉はうる覚えだが、確かシオンのモノクロのインタビュー記事。
これを自分に置き換えてみる。
「“テニスに生きる”のか、“テニスで生きる”のか」
テニスでなくてもいろんな種目、業種、そして自分自身の“仕事”を“生業”と考えた時に、そのバランスが大切なんだろうが、失っちまったら取り返しのつかないものがある。

“死んでもなりたくなかった奴に 生きたまま近づいちまってる なまけてる優しさを そこらじゅうにバラまいて”お前だけ見られたら/SION

炎天下のテニスコート。
数面並びのコートでジュニアレッスンが展開されてる。
パッと見ただけで、コーチそれぞれの“気持ち”が伝わって来る。
セミナー、マナー講習でやたら言われることらしいが、声のトーン、眼の表情は何よりも雄弁だ。
溢れ出る情熱、隠し通せない倦怠感。
マニュアル云々でどうにかなるもんじゃあなく、一コーチである自分という個が、公であるテニスにどう関わりたいのか、どう関わっているのか、どういうポジションに行きたいのか、どういうポジションにいるのか、テニス史の流れはどうなのか、テニス史の流れをどう意識しているのか、自分の目線と足元に自然と力が漲っていれば大丈夫だ。

確か昔は「西洋乞食」って名前のバーだった所に出来たライブハウス。

“嬉しいのはあなたに褒められることで 悲しいのはあなたに裏切られることで 好きだから嫌われたくなかったし 好きだから許せなかった”薄紫/SION

ハモニカ横丁でしこたま呑んでから入ったせいなのか、イントロだけで泣いた。
シオンの生き様だから出る声、伝わって来る想い。

“君が空の住人でも俺と同じ地に暮らす人でも そんなことはどうだっていいのさ きれいな心の君が好きだ それだけだ”住人/SION

“きれいな心の君が好きだ”

2007.7.21
Kichijoji ROCK JOINT JB
カテゴリー:SION
07/24 21:28
«Prev | 1 | 2 | Next»

ケータイでもレックテニススクールへアクセス左のQRコードで携帯版サイトへアクセス!!